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京都家庭裁判所 昭和46年(家)2132号 審判 1973年1月25日

申立人 赤坂伸也(仮名)

相手方 赤坂清江(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

(本件申立の要旨)

申立人と相手方は夫婦であるが、相手方がとるにたらない理由で家を出て別居しているので、同居できるよう審判を求める。

(当裁判所の判断)

一  記録(関連事件記録、当庁昭和四五年(家イ)第六五一号、同第一〇八三号各夫婦関係調整事件を含む)中の戸籍謄本、家庭裁判所調査官作成の各調査報告書、申立人、相手方および松原ちよの各審問の結果ならびに、調停、審判の過程にあらわれた一切の状況を勘案すると、次の事実が認められる。

(一)  申立人は、○○大学工学部○○科を卒業後、○○重工業株式会社○○工場に勤務し、相手方は○○女子大学英文科を卒業後茶道等のけいこごとをしながら家庭にあつたが、両名は昭和四四年一一月頃第三者の紹介で知りあい、同年一二月に婚約、翌昭和四五年三月一日結婚式を挙げ、同年四月二二日婚姻の届出をすませた。しかし、挙式後約二か月を経過した昭和四五年四月末頃相手方が新居を出て別居して以来、引続き今日まで別居状態が継続している。

(二)  その間、昭和四五年五月一九日に申立人から和合を求める夫婦関係調整の調停申立が当庁になされ、同事件につき同年八月まで数回にわたり調停が開かれたが、相手方がもはや申立人との結婚生活には耐えられないとして離婚の意思が固く、結局同月一四日上記申立は取り下げられて終了したが、同日相手方から性格の不一致を理由に離婚を求める夫婦関係調整の調停申立がなされ、さらに翌一五日申立人から本件同居を求める調停申立がなされた。以後両事件につき十数回にわたり調停が重ねられ、その間家庭裁判所調査官により当事者双方の心的調整も試みられたが、双方の意思が相反し、昭和四六年九月一〇日に至り両事件とも調停不成立となり、申立人からの本件同居申立事件は審判手続に移行した。

(三)  申立人と相手方との結婚生活が上記の経緯をたどるに至つた主な原因は次のような点にあると判断される。

(イ) 申立人と相手方は、前記のとおり比較的短期間のうちに婚約した。その動機は、申立人は相手方に学歴がありものの考えも中庸を得ていると感じたからというのであり、相手方は申立人が自己の性格と対照的な積極性ないし行動力をもつている点に魅力を感じたというのである。この結婚話に対しては、相手方の母が申立人には言行不一致で信用できない点があるとして、当初から批判的であつたが、相手方は交際直後に求婚し結婚にきわめて積極的な申立人の態度を自分に対する愛情からと信じ、母親の反対をおして結婚にふみきつた。しかし、婚約時代を通じ、申立人と相手方はともに相手の個性を理解し、相手が結婚生活に何を求め、期待しているかを確かめあつたり、あるいは結婚後の生活設計について真剣な話し合いをすることが殆んどなく、むしろ互いの年齢(結婚時申立人三二歳、相手方二八歳)や社会的体面から、結婚そのものに対するあこがれが先行し、人格的なむすびつきが稀薄であつた。

(ロ) 申立人と相手方は、挙式後伊豆方面に新婚旅行にいき、新居で生活を始めることになつたが、新婚旅行の過程から、申立人が相手方に対し旅行のパンフレットを紛失したことなどをとりあげてかなり執ように不満をいうなどしたため、感情的にぴつたりせず、新婚旅行らしい楽しい雰囲気にはならなかつた。また、新居で生活を始めるようになつてからも、性生活の面では、申立人が相手方の気持や羞恥心を十分配慮せずに行動したため、相手方にはむしろ苦痛や恥辱のみを感じさせることになり、さらに生活費や家庭における夫と妻の役割分担等日常生活面の問題についても、双方の考え方、感情がくいちがつたまま新婚生活が始まり、しかも、これらの問題についてその後も互いにうちとけて話し合うこともなかつたため、新婚夫婦らしいあたたかさは生れなかつた。

(ハ) このような生活を通じて、互いの性格や生活態度の相違、結婚生活に求めていたもののくいちがいが表面化してきた。

すなわち、申立人が結婚に求めていたものは、結婚により社会的体面を保持するとともに、住家や自動車を所有しサラリーマンにふさわしい生活をすることであつた。そうして、そのためには妻は夫をたすけて夫の意思どおりに従うべきであり、もし妻がこれに従わないときは夫は妻を教育する必要があるという自己本位的な考え方が、申立人には強く、これに性格面での几帳面さないし融通性のなさが加わり、これまで全く異つた生活環境のもとで育つてきた相手方に対し、その気持や感情を無視し、生活のあらゆる面で自己の意思どおりに事を運ばせようとし、相手方の言動が自己の意に反するときは食事から日常の起居、動作に至るまで些細なことでいやみをいう結果になつた。

他方、相手方は結婚により一応社会的体面の保持ができた後は、安定した生活基盤のもとで従来のけいこごと等を生かし、独身時代と同様とまではいかないにしても自分なりの年活を営みうる場面があるものと考え、また夫は当然これを認めてくれるものと思つていたが、結婚直後からこれが不可能だと感じるようになり、一時は相手方なりに夫の意思にそうべく努力した。しかし、相手方も内気ではあるが自己を譲らない一面とプライドを持つているため、申立人の叱言やいやみが重なり、申立人が相手方の一挙手、一投足に至るまで批判的な冷たい目でみていると感じるにしたがつて日常生活そのものが次第に耐えがたくなり、ついには夫の意思にそうべく努力することにむなしさを感じ、これが安易に相手方と結婚を決意した自己に対する嫌悪感に変つていき、申立人に対してますます自閉的拒否的態度をとるようになつた。

その結果、申立人と相手方との生活は、夫婦らしい情愛や信頼関係を欠いた息苦しいものとなり、相手方はついにこれに耐えられず前記のとおり新居を出ることになつた。

(四)  相手方は、現在では申立人との結婚は結婚じたいが間違つていたと評価し、もはや申立人との同居は考えられず、互いを生かすためには離婚以外の解決方法はないと考えている。

他方、申立人は離婚には反対で相手方に同居を求めるというものの、申立人と相手方との結婚生活がこれまでみたような経緯をたどつた原因についてきわめて無理解で、その原因は相手方の母親にあり、相手方が母親と申立人との板ばさみになつて母親側についたことによると考えている。したがつて、相手方が反省して態度を改めれば同居は可能で何ら問題はないという皮相的なみかたをしており別居に至る過程を自分じしんのありかたと関連づけて考える姿勢に欠け、そのため申立人と相手方が同居して円満な結婚生活を続けるためにはいかなる条件が必要であるか等について真剣に考えようとする態度に乏しい(審判の過程においても、かかる条件をみつけるための一方法として、当事者双方の性格等を客観的に把握するため、心理検査などが試みられたが、相手方は一旦承諾しながら結局これに応じなかつた)。さらに調停、審判の過程を通じて、申立人の気持の中には、離婚により社会的名誉を傷つけられるのは男性の方が著しいうえ、相手方の要求する離婚に応ずることはとりもなおさず相手方に情をかけることになり、そんな必要は毛頭ないという相手方に対する対抗的感情が強く、したがつて本件同居請求じたい相手方に対する愛情から真に円満な同居生活を希望してなされたものかどうかも疑わしい。

二  以上認定の事実によると、申立人と相手方の結婚生活は、結婚後わずか数か月で破綻し別居のやむなきに至り、その原因は申立人と相手方の性格、ものの考え方、生活態度、結婚生活における役割、期待の相違など互いの人格的要素に深く根ざしていること、申立人相手方とも結婚生活の前後を通じて、これらの相違ならびにそこから生ずるもろもろの問題について夫婦で十分話し合い、互いに協力して障害をひとつずつとり除いていこうとする努力と忍耐を欠いていること、現在では相手方の心はすでに申立人から離れ、自立した生活にふみきりこれが自己を大切にする所以であると考えており、他方申立人は相手方に同居を求めてはいるものの、これも必ずしも相手方を理解したうえで、相手方に対し愛情をもつて真に円満な同居生活を希望した結果によるものかどうか疑わしいこと、さらに調停、審判の経緯からみて、家庭裁判所調査官の調整的活動等によつてもこれらの障害を除去することはもはや困難であることが明らかであつて、このような状況のもとで、申立人と相手方が強いて同居しても互いの人格を傷つけあうだけで、愛情と信頼を前提とした正常な婚姻共同生活はとうてい期待しえないといわなければならない。

ところで、夫婦同居の審判は夫婦が一般的、抽象的に同居の義務を有すること(民法第七五二条)を前提として、家庭裁判所が後見的立場から裁量権を行使して、同居の日時、場所、態様等につき、当該夫婦に最も適した上記義務の具体的内容を形成するものであるが、上記の義務は夫婦が円満な婚姻共同生活を営むことを目的として定められたものにほかならないから、夫婦の間に婚姻共同生活の前提である愛情と信頼関係が既に失われ、家庭裁判所の後見的機能をもつてしても円満な同居生活がとうてい期待できず、かりに同居を命じ当事者がこれに従つても互いの人格を傷つけ、或いは個人の尊厳をそこなうような結果を招来するばあいには、家庭裁判所としては、上記義務の具体的内容を形成する同居審判をなすに由なく、その意味で同居の申立を却下すべきものと解される。そうして既に判示したところから明らかなように本件はこのばあいに該るというべきである。

よつて、本件申立はこれを却下することとして主文のとおり審判する。

(家事審判官 川端敬治)

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